さて今回は、固形油脂の代表であるバター・マーガリン・ショートニングの、それぞれの特徴を、やや詳しく見ていきたいと思います。
まずは、誰でもが知る油脂の王様バター。
バターに関して皆さまが一番良く知っている事と言えば、無塩と有塩があること、そして生産地または原産地によって品質が違ってくる事ではないでしょうか。
バターは動物性脂肪、つまり牛の乳から作られていますので、当然どのような餌を食べ、どのように育てられたのかによって、その乳の品質に違いが出るであろうと言う事は想像がつくはずです。
とはいえ、私達が日頃良く使ったり、食べたりしているバターというのは、ほぼ大手油脂メーカーの物が多いと思いますので、その違いに気がつくと言う事はあまりないかもしれません。
人間社会も、国が違えば風習も言葉も生活環境も全く違うのと同様に、牛の乳にも国ごとの特徴があるようです。
しかし、私達がバターを使ったり食べたりする場合には、メーカーは気にしますが、その生産地、つまりどこの牛から取れたバターなのかと言う事までは、あまり考えないと思います。
その事は、現在の私達の食生活の実態を、かいま見れる状況であるとも言えるのではないでしょうか。
そういう意味では、特にパン屋さんでは、毎日相当量の油脂を使ってパンを作っている訳ですが、あまり油脂そのものについて、どう作られているのか、原料は何なのか、そのような事を考える余裕というか、機会が少ないのは残念なことですよね。
まあしかし、今となってはいったいいつ頃からこんなに種類が増えたのか、それぞれの専門分野で、それぞれが良く言えば分担で、悪く言えば任せっきりのような状況で、もの作りが行われているというこの現状が、はたして食品製造の本来の姿なのかどうかは、私達が考えなければいけない問題なのかもしれませんよね。
毎日大量に使っているパン屋さんですらこの程度の認識なのですから、ご家庭で油脂の違いが判らないなんて当然ですよね・・・いや違う、もしかしたら主婦の方々の方がむしろ良く知っているかもしれない(笑)
おっと脱線だ!修正修正・・・・
バターの特徴と言えば、何といっても天然の乳フレーバーでしょう。
相反してマーガリンは香料を使って香りを着けている訳ですが、何とかこのバターのような天然フレーバーに近づけようと必死に取り組んでいる訳です。
それでもなかなか追いつけないと言うほどの素晴らしいフレーバーがバターにはあるのです。
ですので、パンの味を良くしたい、風味を良くしたいと思えば、バターを使っておけば間違いないと言えるのです。
しかし、味や風味が抜群に良いとはいえ、若干の欠点もあります。
それゆえに、製パン性を重視する配合の場合は、バターではちょっと作りづらいと言う事になるのかもしれません。
また、当然ながら価格面の問題も大きいでしょう。
更に、あくまで自然の物ですので、時には物不足で手に入らない、なんてことも起こります。
実際パン屋さんでは、バターが無くて困ると言う状況が、ここ数年続いているのです。
そんな品不足の状況の時だけ、マーガリンに代替えするということは、パンの味そのものがコロコロ変わってしまう事にもなる訳ですから、バターの使用に関しては、慎重にならざるを得ないというのも現実問題でしょう。
さて、味と風味では圧倒的有利なバターですが、製パン性という点ではどういう評価になるでしょうか。
一番多い意見で言うと、使いづらいという意見は多いと思います。
それはなぜかと言いますと、バターは真夏には溶けだし、真冬にはカチカチで、ミキシングに困るという点だと思います。
パンに限らず、お菓子作りの際にはもっと使いづらさを実感できると思います。
この、すぐに溶けるし、すぐに硬まるというのはなぜなのかと言いますと、バターが丁度良い柔らかさを保っていられる温度帯というのが、だいたい13℃~18℃までと非常に狭いからなのです。
この温度帯よりも低くなると、すぐに硬まってきますし、この温度帯を越えてしまうと、すぐに柔らかくなってくるのです。
18℃と言えば、私達にとっては、とても過ごしやすい温度ですよね。
しかしそれを越えると、柔らかくなるどころか、どんどん表面が溶けだしてきます。
夏場などは、手で少し長く持っていただけで、指から体温が伝わり、すぐに溶けてベトベトになりますよね。
そしてそれは、生地に練り込む前の状態に限った事ではありません。
パンとして焼きあげた後でも、バターの配合量によっては、夏場はパンが異常に柔らかくなったり、陽にあたると表面がベターっとしてきたり、逆に冬場ではパンがすぐに硬くなってしまいます。
このように、ミキシング時に使いづらいという面と、焼いた後のパンの保存状態にも影響を与えるという難点があるのです。
ただし、この事を逆に考えると、バターと言うのは、そのまま食べても、パンにしても、口溶けは良いということになります。
利点と欠点を理解したうえで、どのパンに使うかを決めてほしいものです。
それ以外でパンへの向き不向きを考えるとすれば、乳フレーバーが邪魔になるか、あるいはバッティングしてしまうような食材を配合する場合でしょうか。
例えば、小麦の風味を最大限に生かしたいと言う時に、乳フレーバーはどうなのか?
であるとか、野菜や果物などをジュースにして、水の代わりに生地を作った場合などに、乳フレーバーはどうなのか?
と言うような具合に、考えていけばよいのではないでしょうか。
では次にマーガリンを見ていきましょう。
バターが牛の乳であったのとは大きく違い、マーガリンは、解りやすく言えばサラダ油です。
それを、製パンに適した状態、つまりバターのような状態の塊にし、尚且つ同じような香りを付けたサラダ油なのです。
ならば、さぞかしヘルシーなのでしょう・・・・と言いたいところですが、あながちそうとばかりは言えないのです。
なぜなら、バターと言うのはあくまで牛の乳だけで作られた純粋な油脂であるのに対して、マーガリンと言うのは、形状こそバターのようになっていますが、その原料は多品種に及んでいるからなのです。
つまり、単一の植物から作られるマーガリンはほとんどなく、様々な植物、あるいは動物の脂も使われているのです。
ですので、これだけは押さえておいていただきたいのは、マーガリンには考えられないような安価なものが存在していると言う点です。
しかしそれらの正体は、ほとんどが魚や豚です。
つまり、魚油とラードがほとんどで、そうなるととても香りが悪く、しかも品質が安定しない為に、多くの香料と乳化剤でごまかすことになる訳です。
この点、食品添加物が多い事での安心安全はどうなのか、という観点はさておき、確実にパンの品質劣化を招くことになるのです。
ですから、バターが高騰すればするほど、このようなマーガリンが出回るのだと言う事だけは覚えておいてください。
原価を下げたい、少しでもお手頃な価格で提供したい、そんな思いから安易に安い油脂に手を出すと、パンの味は最悪なものになってしまうでしょう。
それでは、質の良いマーガリンの特徴を見ていきましょう。
マーガリンの特徴の一つとしては、香りを選べるという利点が大きいでしょう。
乳フレーバーだけをこよなく愛する人には大きなお世話だとは思いますが、マーガリンには、実に様々な香料が使われているのです。
ですので、ご自分の作るパンにあった香りを選択できるという利点がありますし、それはある意味、そのパンの個性として、オリジナリティーを出すことにも貢献するのです。
次に、バターと大きく違う点として、使いやすいということが言えると思います。
なぜかと言いますと、実際に使われている方はすでに体感済みだとは思いますが、マーガリンは真冬でも硬くなり過ぎず、真夏でも溶けにくいからです。
これはバターの時に適度な柔らかさを保てる温度帯が13℃~18℃であったのに対して、マーガリンでは大体10℃~30℃に設定されているからです。
という事は、バターよりも低い温度でも柔らかい状態を保つ事が出来、高い温度でも溶けないと言う事になる訳です。
これは、実際に毎日使う側にとってはとても重要なことですよね。
さらにもっと助かるのは、夏場は更に溶けにくく、冬場は更に低温でも硬くならないように、季節に合わせて調整されているという点なのです。
なぜそのような事が出来るのかと言いますと、そもそも塊にするという時点から、調整されているということの証ですので、作り方の時点で溶けたり硬くなったりする温度帯を、季節に合わせて調整することができるのが、マーガリンの特性でもあるのです。
また、バターと同様、焼き上がったパンに対してもマーガリンの効果はある訳ですが、それはバターのように温度に敏感ではなく、ある程度緩慢であることから、パンの保存にそれほど神経を使う必要はなくなるでしょう。
また、マーガリンには乳化剤が配合されている事が多い為、イメージとしては良くはないかもしれませんが、パンのソフト感を維持させることに大きく貢献すると思います。
もちろんそれは、配合量が多くなればなるほど、ソフトなパンになるということになるのです。
と言う事で、マーガリンを使う際のポイントは、香りが完成品のイメージに合っているか?
素材の香りを邪魔してはいないか?
ソフト感やしっとり感を求めたパンであるか?
というようなことを考慮してお使いいただけたらと思います。
実に多くの種類と、用途に合わせて調整されたものが多いマーガリンですが、高価なものになると、バターと大して値段の変わらないものもあります。
それは、コンパウンドタイプのマーガリンと言うもので、様々な植物油のほかに、バターが加えられているものがあります。
その際、バターの含有量が多ければ多いほど、当然価格も高くなる訳ですが、バターの美味しさはどうしてもはずせない・・・しかし使いづらいのは困る・・・そうお考えの方は、両方の良さを兼ね備えたコンパウンドマーガリンを使うのが良いと思います。
バターにも、発酵バターと言うものがあり、乳酸菌を主体としたもので、フレーバーを通常とは別の香りにしたものがありますが、全体的にはそれほど多い種類は存在しません。
しかしマーガリンは、植物油の配合量やバターの配合量、そして融点や可塑性(粘土のように、押しても戻ってこないが、溶けたりもしないという丁度良い状態を保つ性質)の調整、さらには香料の違いによって、まさに数え切れないほどの種類が存在しています。
そんな中で、ご自分の好みを探すのは大変なことではありますが、原価の許す限り高品質のマーガリンを使われる事をお勧めいたします。
では最後にショートニングです
このショートニングという油脂は、色が白いという事と、どうやら香りが無いということぐらいしか知られてはいないのではないでしょうか?
と言う割には、意外と種類が多いのにも驚きます。
香りが無く、味もない・・・???。
同じように植物由来のマーガリンは、トーストしたパンに塗っても美味しくいただけます。
つまりマーガリンは、パン生地に練り込む事によって効果を発揮するだけではなく、生食しても美味しい油脂だと言えますよね。
なのに、生い立ちは同じなのにショートニングは生食は出来ません。
それはなぜなのでしょうか?
それは、そもそもショートニングの役割と言うのは、バターやマーガリンとは違い、生食して単体の美味しさを出す為なのではなく、食品に添加されることによって、その効果を発揮するという役割があるからなのです。
パンの製造現場で言うならば、硬過ぎず柔らか過ぎず、扱いやすく、固形油脂としての効果を最大限に得る事が出来ると言えるでしょう。
ただし、風味や味に貢献する事はありません。
このように、油脂としての効果は欲しいが、余計なフレーバーはいらないというような場合には、ショートニングは欠かせないでしょう。
そして何よりうれしいのは、味や風味を付けない代わりに、バターやマーガリンよりは価格が安く設定されていると言うところです。
がしかし、ショートニングも基本的にはマーガリンと作られ方は同じですので、安いものになればなるほど、魚油や豚脂が多く配合されます。
見た目はほとんどが同じように白いショートニングでは、その品質は非常に見分けずらいという難点がありますが、パンにして食べてみると、その違いはすぐにわかるはずです。
もともと、ショートニングと言うのはラード(豚脂)の代用品としてこの世に誕生しました。
私がパン屋になりたての頃は、ラードも意外と多く使われていたのですが、ラードは品質が劣化しやすく、ザラザラと舌に残ると言う事で、ラードに代わる固形油脂が開発されたのです。
それは、バターやマーガリンとは用途が違い、
あるものは製パン用として重要な役割である、ショートニング性、クリーミング性、可塑性などを重視して作られ、あるものはフライ用として、何度もの温度変化にも耐えるように作られ、あるものは製菓用としてふんわりしっとりとしたケーキが作れるように気胞性を重視して作られたりしています。
このように、ショートニングというのは、食品製造を陰で支える大きな役割をになっているのです。
それはもはや製パン製菓以外の分野でも同じ事です。
パン屋さんがショートニングを選ぶときのポイントがあるとすれば、油脂としての効果は最大限生かしたいが、フレーバーは必要ないという場面だと思います。
また、価格が比較的安いことから、バターと併用して使うと言うのも選択肢の一つだと思います。
ショートニングがバターやマーガリンと大きく違う点は他にもあります。 その一つは、ショートニングは常温保存がきくと言う所でしょう。
それでいて常温でも品質の劣化が起こらないというのが大きな特徴だと思います。
また、バターやマーガリンには約15%の水分がありますが、ショートニングには水分が全くありません。
そのお陰で腐りにくく、純粋な油としてパン生地に入りこむ事が出来るのです。
単に製パン性というものを重要視する場合、ショートニングで作られた生地は、とても扱いやすく、パンの完成度も上がる事でしょう。
味重視なのか、香り重視なのか、個性を出したいのか、製パン性にこだわるのか・・・・
どうかそれぞれの油脂の特性を生かして、より美味しいパンを作り上げて頂きたいと思います。