ご家庭でのパン作りでは、あまり使われることがないであろう「製法」という言葉・・・
パン作りには様々な「作り方」、そして様々なレシピが存在するわけですが、同じ名前のパンを作るにしてもこの「作り方」に工夫をこらすことによって、ひと味もふた味も違ったパンを完成させることができるのです。
パン屋さんの世界では、伝統的な作り方を頑なに守りながら運営されているパン屋さんもあれば、ご自分で作り出したオリジナルな作り方で運営されているパン屋さんや、双方をミックスしているお店もあります。
「どのようなパンをどのような作り方で作るか」がそのお店らしさに直結し、繁盛店になるかそうでもないかを決めることになるわけです。
皆様おなじみの食パンを例に取ってみても、材料を計量してから焼き上がるまでに約3時間ほどかかる・・・という一般的な作り方から、3日かけて作る、あるいは7日かけて作るなんていうこだわりのお店まであるのです。
そんなに日にちをかけるということは、それはそれは驚くほど美味しくなるのか・・・といいますと、それはあくまで好みの問題で、作り手が何を求めているかによって、何を表現したいのかによって「製法」というのは違ってくるのであって、必ずしもそれがすべての人に評価されるかというとそうではないのです。
「製法」つまりどのような作り方を選ぶかというのはある種非常に難しい問題でもあり、自分は美味しいと思っているけれども売れないという現実に直面することも多々あり、パン職人は常にこの難題に取り組んでいるとも言えるのです。
さて、細かい製法まで入れると説明しきれないくらい様々な作り方があるわけですが、ごくごく一般的な表現方法として存在しているのがこの3つになるでしょう。
1.計量から焼成までを一気に行うストレート法
2.捏ねた後に冷蔵庫で低温発酵させる冷蔵法
3.捏ねた後に冷凍庫で保存する冷凍法
ご家庭ではストレート法か冷蔵法が一般的?。
たまにタッパーで冷蔵庫に入れ、翌日焼くという方もいるとは思いますが、それは当日はストレート法で、一部冷蔵法で翌日に回す・・・みたいなことですから、製法ミックスとも言えますし、別にそれを製法とは呼んでいないのが実情だとは思います。
要はどのように作ってもそれなりのパンになりますから、ご家庭ではこの製法という言葉は必要ないかもしれませんが、膨大な量を日々同じ品質で同じ時間に作らなければならないパン屋さんにとっては、製法がきちんと決まっていないと安定的な品質維持が難しくなってしまうのです。
ということは、製法というのは「段取り」に大きく関わってくるものであるとも言えますね。
そこで今回いただいたご質問なのですが、一見単純なようで実は核心をついている鋭い内容であると判断し、是非ここでご紹介しながら一緒に考えていけたらと思いました。
食パンをよく焼くのですが、一時発酵してから冷蔵庫で保存して翌日分割成形するというレシピがありますが、捏ねあがったらすぐに分割して一時発酵してはよくないのですか? そうすればパンチしてすぐ成形できるのではなんて素人考えが浮かんだのですが・・・
というご質問なのですが、皆様はどのように思われますか?
一見すると、いわゆるパン作りの一連の流れの中で、ほんの少しだけ順序が違う、つまり料理で言えば玉ねぎを先に炒めていたところを肉を先にしてみたらなにか変わりますか?・・・みたいなことなのかなと思うのです。
しかし現実にはこのパン作りのセオリーと申しましょうか、手順と申しましょうか、これを変えるという発想そのものには行き着かない人が多いのではないでしょうか?
かく言う私の場合には、根がひねくれておりますので、すぐにこのようなことを考えてみたり、試してみたりしてしまいます。
人に「こうしなさい」「こうしないといけない」と言われると、どうしても逆らいたくなる性格ですので、恐らくかなり多くの方にご迷惑をおかけしてきましたし、いまでもその性格は修正できておりません・・・
と、私のことはどうでも良かった・・・
本題を考えて見るに、要するに初めの発酵時間を待たずに先に分割をしてしまい、その後に発酵時間を取れば結局同じことになりはしないか?・・・ということだと思うのですが、本来はこれでは駄目ですよね。
なぜかといいますと、捏ねてすぐに分割した場合と発酵時間をきちんと取ってから分割した場合では、分割の意味が大きく違ってくるからですね。
・・・???どういうこと???・・・と思う方、すこしだけややこしくなりますがついてきてくださいね。
はい、確かに分割丸めの意味としてはこの様になると思うのですが、では何が大きく違ってくるのかといいますと、通常発酵を行った生地というのはすでにイースト菌が活動していて、生地内部に風船がたくさん形成されている状態になっています。
他方、発酵をおこわなずにすぐに分割した場合は、まだイースト菌の活動は行われていませんので、生地内部に風船は出来ておりません。
実はこの風船がある状態とない状態では、生地の取扱い上全く違うことが生地内部で起こっていることになるのです。
パン生地が発酵して風船がたくさんできている状態で分割なりパンチなりの生地へのタッチが行われた場合、パン生地は風船の数が増えたり、風船の表面が薄く滑らかになったり、グルテンが引き締まったり、グルテンの伸びが良くなったり、アルコールが生成されたり、炭酸ガスが生成されたりと、いわゆるパンになるための味や香りや風味という美味しさのために不可欠な要素が作り出される大切なプロセスが実行されていることになるわけです。
対して発酵していないうちにパン生地にタッチした場合、それは単にミキシングの延長なのであり、「捏ねた後にまた少し捏ねてみました・・・」みたいなもので、パン生地に与える影響というものが全く違ってきてしまうのです。
分割という切り分け作業(計量)ではあるのですが、問題は生地がどのような状態の時にその工程を行うのがパンにとって最適なのかを考えながら行わないと、単に順番を入れ替えてみましたではすまない結論に至ることがあるのだということがおわかりいただけたかと思います。
実はこの点がパン作りの醍醐味であると私は考えています。
つまり、どの段階でどのような生地へのタッチを行うことがパンの美味しさにつながるのか・・・
それを自分なりにコントロールすることこそが「製法」なのであり、それは作るパンごとに違うものであるべきだと考えます。
タイミングが重要なことは解った気がするが・・・
さて、分割なり丸めなりパンチなりをどのタイミングで行うかでその意味が全く変わってくると説明してきましたが、実際問題として生地を冷蔵した場合、そして冷蔵する際の温度や時間等を考えると、これまた果てしなくややこしくなってくることがわかります。
というのは、冷蔵している間にもイーストの活動は活発に行われていますので、いつどの段階が最適で、そしてそこから数時間経過したらどう変わってしまうのか、その場合どうすることがパンにとって最も良いのか・・・なんてことを考えだしたらキリがありませんし、かと言って科学的にはイーストの活動や発酵状況というのはまぎれもなく変化しているわけなので、最終的には自分の経験や考察から結論を出し、その都度確かめてみる以外に方法はないわけです。
非常にマニュアル化しづらい部分であり、仮に時間や温度別に分析できたとしても、それがパンの美味しさに直結するかどうかは食べてみなければわからないでしょう。
さてここで、そもそもの質問内容である「ミキシング後にすぐ分割してはだめか」に対して、別の視点からみた回答をご紹介していきましょう。
捏ねてすぐ分割は実際に行われている
現実にそれを行っているパン屋さんがたくさんあるという事実があります。
例えば冷凍生地がそうです。
冷凍生地というのは、イースト菌の冷凍障害対策として、ミキシング後に直ちに分割を行い、冷凍に入ります。
つまり、全く発酵を行わずに冷凍され、その生地を冷凍から解凍させて成形するわけですから、今回の質問に照らして考えてみると「それで問題ありません」という回答になってしまうのです。
さらにです、冷凍生地というのは大手パン工場によって作られ、大手の製パン会社が運営する焼きたてパン屋で使われていることが多いのですが、個人の焼きたてパン屋さんにおいても、捏ね上げて全く発酵を取らずに冷蔵庫へ入れる、そして数時間後にその生地を分割丸めして冷凍し、翌日以降解凍して成形するということは普通に行われています。
こうなりますと、もうすでにタイミングがどうかなどというレベルなのではなく、作業工程が第一なのであり、「どの時間にどのパンを焼き上げなければならないか」が明確に決められており、そこから逆算して配合が作り出されている場合が多いのです。
なんとなくおかしな雲行きの話になってまいりましたが、この問題を考えるとき、パン作りというものに正解はあるのかと考えさせられます。
このあとも長くなりますので、一旦終了し次回に書かせていただきます。
なお、イーストの発酵とかイーストの種類などについては以下を参考にしていただきたいと思います。
インスタントイーストの無糖用・加糖用の違いは? - ベーカリーアドバイザーの部屋