このカテゴリでは、パンを作っていて???と感じたり、知っているようで実は理解できていなかったことなどを、過去にいただいた質問などをふまえてご紹介していきたいと思います。
毎日パンを作る仕事をして40年以上経過しているわけですが、それでもやはり???と感じることが多々あります。
ほぼ数日で解決することが多いのですが、ほんのちょっとしたことが原因で、思わぬ完成度になることがあるのがパンと言うものなのだとは常々感じていて、本当に飽きない仕事だなと思う一方、よくこんな原因にたどり着けたものだと我ながら感心してしまうほど意外な展開の時もあり、パンの奥深さには日々敬服している有様です。
いやと言うほどの種類と数を作り続けてきても、何事もなく毎日同じパンが完成するということはなく、必ずと言ってよいほど壁が次々と現れます。
「油断も隙もあったものじゃない」と言いたくなるほど、気が抜けないのがパン作りと言う仕事だとも言えそうです。
そんな中、ブログをはじめて約10年の間に頂いた数々の質問や疑問に答えることで、さらにさらに壁は高くなり、そして厚くなり、そして頑丈になり、しかしそれを乗り越えた時の爽快感も半端ないことを経験してきました。
そして、いったいどれくらいの種類の疑問があるのだろうと感じるほど、答えても答えても尽きることのない新たな疑問や問題点が見つかり、恐らく死ぬまでこの答えを求めながら死んでいくんだろうなと思う次第です。
と、どうでもよい前書きはさておき、そもそもなぜ・・・???的な質問からご紹介していきましょう。
Q パンって発酵時間と言うものがだいたいの場合決まっていますよね。 あれってどうやって決まったのですか? それとも自由に決めても良いものなのでしょうか?
これは単純そうに見えてなかなか核心を突いた質問ですよね。
どのようなレシピにも、必ずフロアータイム何分とか書かれていて、概ねその通りに行うのが当たり前のようになっていることは確かでしょう。
それは簡単に言えば、その時間を過ぎれば過発酵へと向かい、その時間よりも早く行えば未発酵へと向かうことになり、いわゆる丁度良い時間を設定してくれているはずなのですが、それって誰が何を基本に決めているのだろう・・・的な疑問ですね。
ご家庭で作るパンレシピの多くは、その日のうちに捏ねから焼成までを終える製法が一般的ですが、開始から終了までのその合計時間は概ね3時間程度が平均となっています。
ここに生地を一旦冷蔵したり、一旦冷凍したりした場合はさらにややこしくなりますので、あくまでその日に常温発酵で完成までを終える製法で考えてみたいと思いますが、なぜフロアータイムは概ね60分くらいが一般的に広まっているのでしょう。
ここを考えるには、当然パンを作るうえで欠かせないイースト菌の存在を中心に考えることになります。
そして何よりも、イースト菌は温度と湿度に敏感ですから、イースト菌の量と生地の温度、そして発酵環境の温度と湿度が大きくかかわってくるわけです。
・・・ちょっと小難しくなってきそうですね~
でもここでやめてしまうと、パン作りのメカニズムに迫ることが出来なくなってしまいますので、もう少し我慢してお付き合いいただきたいと思います。
じゃあ、イースト菌の量ってどうやって決めてるの??
レシピに載っているイースト菌の量というのは、実は意外とバラバラです。
なぜバラバラなのかと言いますと、「少ないイースト菌で時間をかけて作った方が美味しい」と考える人と、「出来るだけ短時間でしっかりと膨らんだ方が良いでしょ」と考える人がいるからで、どちらも間違いではないのです。
だからこそややこしくなる訳ですが、間違いではないけれども「完成するパンのイメージは確実に違う」ということを理解しなければならないのです。
これは、例えば料理などで同じ食材を使うにしても、煮るべきだという人と、焼いた方が香りが良くなるという人と、レンジで時短で出来るという人がいるように、作る人のこだわりによって作り方はなん通りにもなるのと同じなのです。
いや、話が料理にまで関わると余計ややこしくなりますのでパンに限定して話を戻しますと、イースト菌の量を多くしていくとどうなるかと言いますと、膨らんでいくパワーが増えていくことになります。
つまり、生地の中で風船を膨らませる人が大勢いるというイメージになります。
大勢でたくさんの風船を膨らませますので、生地はどんどん膨らんでいって、風船の数が多すぎて逆に他の風船を割ってしまうことにもなり、丁度よい加減の時に焼いてしまわないと、互いの風船を割りっこするような現象となり、結果膨らみの悪いパンになったりすることでしょう。
また、イーストが多いパン生地と言うのはオーブンでもやたらと膨らみますので、あちらこちらが裂けたりして、成形が崩れてしまうなんてこともあるでしょう。
焼成中に風船の中のガスが蒸発しきれずに、焼いた後もアルコール臭いパンになることもあります。
イースト菌が多いレシピの場合、この風船を膨らませる人達がゆっくりと膨らませてくれるようにするために、捏ね上げ温度や作業場所の温度、そして発酵環境の温度も低めに行わないと、皆が全力を出してしまい風船の割りっこ合戦が始まってしまいますので、低めの温度、短めの発酵時間で行う必要がある訳です。
ではイースト菌の配合が少ない場合はどうかと言いますと、風船を膨らませる人数が少ないことを意味しますので、基本的には発酵時間は長めに取り、その間にパンチを行って人足を増やすなどしないと、気泡の少ない、フワッとしないパンになってしまいます。
生地温度も高めにして、作業環境も温かくしておかないと、膨らみが悪くなり、結果ふんわりしっとりではなく、どっしりした硬いパンになってしまうでしょう。
そのあたりを経験的につかむことによって、「このパンの完成イメージにはこのくらいのイースト量が最適だろう」と決めている訳ですね。
えっ・・・経験的ってことは勘なの??
そうですね、勘になります(笑)
パン作りにおけるイースト菌の量というのは、概ね経験上の出来栄えから決められていることが多いのですが、ある一定の適正量みたいなものはすでにイーストを作っているメーカーによって決められているのです。その適正量を加味した上で、パン職人それぞれが様々な経験からコントロールすることによって、より美味しくなるようにと工夫しているのだとお考え下さい。
言い方が悪いかもしれませんが、皆様が目にするレシピや配合というのは、そのパン製造者の「私はこうしている」の押し付けなのです。
かと言ってそこは経験に基づいている訳ですから、経験のない人が勝手に変更してしまうと、イメージとは違ったパンになってしまう訳ですね。
さて、結局は勘によってイーストの量が決められていることが解ったところで、本題の発酵時間はどのように決めているのか、何を根拠にしているのかに迫ってまいりましょう。
発酵時間を決める根拠とはなにか??
これも結論から言ってしまえば好みの問題でしかないのですが・・・
えっこれも好み・・・科学じゃないの??
では言い方を変えて「科学を考慮した上での好み」と言うことにしておきましょうか(笑)
確かに発酵とかイースト菌の活動というのは科学の世界なのですが、パン作りの日常ではそう計算通りにはいきません。
なぜなら、作る量の違い、作る人の技量の違い、設備の違い、環境の違いなどによって、さらには日々の温度湿度の変化に伴い、それでも安定的に毎日同じようなパンを作り上げる為には、それはそれは工夫が必要になる訳なのです。
安定的に作らなければならないことはもちろんのこと、より美味しいものを作るためには、どのようなレシピでどのような発酵時間をとることが良いのかを毎日のようにパン職人は考えながら仕事をしているのです。
パン職人が考える「いつもはこの配合で作っている」という基本があったとしても、それを家庭のレシピにした場合には作る量が圧倒的に違ってきますし、当然ながら技量も設備も大きく違いますよね。
したがいまして、家庭で作る少量を想定した場合と、パン屋さんが作る大量のパンのレシピとでは、同じ完成品イメージを目指すのだとしても、生地の温度やイーストの量、そして発酵時間をコントロールして、出来るだけ作りやすく工夫して提供しているのです。
とは言え、レシピを作るのは何もパン屋さんだけに限られたことではありませんよね。
みなさんそれぞれに、ある意味勝手に決めて作っていたりしますので、正直何が基本で何が正しいものなのかは判断しようがありません。
ですので、レシピによっては書いている通りにならないというお悩みや、何度やってもうまくいかないものも出てくる訳なのです。
ご相談いただくレシピに目を通すと、「あれれ、これではうまくいかないだろうな・・・」というものも多いのが現実です。
また、経験豊富なはずのパン屋さん同士でさえ、同じようなパンを目指していながら配合バランスはバラバラ、発酵時間もバラバラだったりしますので、何の縛りもない世界とも言えるのがパンのレシピかもしれません。
どのレシピが最適なのかはどう見極めればよいのか・・・
それは、何よりもまず生地の状態を見ること でしょう。
分割時に生地が乾燥気味になっていたら、それは過発酵に向かっているということですから、イーストが多すぎたか、あるいは生地の温度が高すぎたか、あるいは発酵時間が長すぎたかになる訳です。
もっと過発酵が進むと、生地はブリブリと弾力が出過ぎて、キレイな成形が出来ないでしょう。
逆に分割時に生地が濡れ気味でベタッとして、膨らみが弱いなと感じるような場合は未発酵に向かっているということですから、イーストが少なすぎたか、あるいは生地の温度が低すぎたか、あるいは発酵時間が短いのかになる訳です。
もっと未発酵が進むと、成形しても全く膨らんでこなくて、ベターっとしたパンになってしまうでしょう。
分割時に、しっとりとしていて、それでいて適度に膨らみを感じるような生地であったら、それがベストとなりますので、その人が作ったレシピは概ね信用できるということになろうかと思います。
”味” というものを追求していくと、また違ったアプローチもあるのですが、まずは手から伝わってくる情報、つまりはしっとりふっくらとしている生地であるかどうかを見極めることがとても重要となるでしょう。
少しばかりややこしくなりましたが、パン作りは手の感触がとても重要なポイントとなります。
基本的な製パン理論も大切ですが、現実問題としてその答えが感触となって現れますので、まずはその感触を実感していただくことが大切なのだということをお伝えして終わりたいと思います。