モールやスーパーなどに行くと必ずある焼き立てパン屋さん・・・
このパン屋さんのパンと言うのは、ほぼほぼ冷凍生地で作られています。
「どんなパンが冷凍生地で、どのパンなら冷凍生地じゃないのか?」
なんてことを考えながらパンを買う人というのはあまりいないとは思うのですが、パン作りを経験している人達、あるいは業界の人間からすれば、冷凍生地という技術には非常に興味があると思いますし、実際に使用しているという方も非常に多いと思うのです。
Q そもそもなぜ冷凍生地と言うものが存在しているのですか?だって冷凍生地は添加物がたくさん使われているのですよね。なのにどうして多くのパン屋さんが使用しているのですか?無添加パンのお店との差別化ですか?
Q 冷凍してあるパン生地を発酵させる方が時間がかかるような気がするのですが、冷凍生地を使うメリットって何ですか?
Q 冷凍生地を作る場合は、普通の配合ではできないのですか?
とまあ、冷凍生地については良く知っている、または使用している人、自らも作って使用している人、興味がある人、避けている人などなど、それぞれに質問内容が違うのが特徴なのですが、タイトルにもある「何のためにあるのか?」ということを前提にして、できるだけわかりやすく解説していきたいと思います。
冷凍生地のメリットとは・・・
そもそもなぜパン生地を冷凍保存して出荷するというシステムが生まれたのでしょうか?
その一番肝心な部分の回答は二つあって、
1、人件費削減のため
2、技術者不足解消のため
この二つを実現するために、冷凍生地というものが誕生しました。
二つと言っても、お互い共存する問題点でもあるわけですが、手作りパン屋さんと言うのはずっとこの問題に取り組み続けているのです。
そう、今現在も、そして恐らくこれからもずっとです。
どういうことかと言いますと、パンを毎日同じ時間に同じ品質で焼き上げるには、かなり熟練した技術と経験が必要です。
働く人は毎日早朝から大忙しで働いて、常に時間に追われて過ごし、少しの間違いも許されない、時間のずれもゆるされない過酷な環境の中で働き、それが出来て当たり前なのであり、それが出来ないようでは務まらない仕事なのです。
そんな環境に耐えながらも、常に創意工夫して新しい商品なども開発しなければならず、長年にわたって売上をキープし続けるには、それなりの優秀なパン職人が多数在籍していないと継続していけないのです。
しかしです・・・やはり人と言うのは風邪もひきますし、寝坊もしますし、不幸もあったりしますので、毎日必ず同じスタッフでパンを作るというのは非常に難しく、そうなると焼き上がり時間が遅れたり、品質にばらつきが出てきたりしてしまう訳です。
また、当然ながらなにがしかの理由で退職する職人もいますから、そうなりますと常に職場は不安定となり、スタッフの安定と売り上げが直結してしまう問題点を常に抱えている訳です。
さらにです、すべての職人が同じパンを作れるわけでもありませんので、職人が多数変わると、おのずと商品構成も変わっていき、そして味も変わっていってしまう・・・ということにもなるのです。
それでは困りますよね。
ということで、パン作りをもっと簡単なものにして、特に製パン経験がなくても出来るお店を作ることで、少なくともパン職人の有無にかかわらずに安定した商品を提供することが出来るシステムとして開発されたのが冷凍生地システムなのです。
冷凍生地を使ったシステムとは・・・
冷凍生地というのは、パン生地を冷凍して箱詰めで出荷流通されているもので、現場ではそれを箱から出して解凍し、成形して発酵させて焼くというのが一般的な流れになっています。
つまり、この時点ではパン生地を計量して捏ねる、そして発酵させて分割するという所までを工場で行っていますから、現場ではそれらの経験や技量がなくても大丈夫な訳です。
計量して捏ねる・・・と言葉では単純そうに聞こえますが、多くの種類の原材料の発注や保管から、計量して正しいミキシングを行うというのは、パン作りにおいてはかなりのウエイトを占めていますよね。
それらをしなくて済むというのは、これはかなり楽であり助かることは言うまでもありません。
原材料を収納するスペースもいりませんしね。
そして何よりも、毎日同じ品質の生地が扱えますので、品質と言う意味ではまず心配する必要がないわけです。
難しい成形を行うのは製パン経験がないと大変かもしれませんが、ある程度の成形なら素人でもすぐに出来るようになりますので、とにかく経験はなくても出来る仕事としてのパン作りを確立したことになる訳です。
また、冷凍生地のパン屋さんと言っても、手作りパン屋と何も変わりのないような品揃えか、それ以上のお店もたくさんありますよね。
これらのどれもが冷凍生地だとしたら、それはそれは成形も大変だろうと思うのですが、実は冷凍生地の中にはもっと便利なシステムが存在しているのでした。
それが何を隠そう成形冷凍生地と言うシステムなのです。
成形冷凍生地とは・・・
これはその名の通り「成形をも済ましている生地」のことで、形もすでに作られていて冷凍してありますので、箱から出したら解凍して発酵させて焼くだけという、大変便利なシステムなのです。
こうなりますともう成形も行う必要がありませんので、焼くということに専念出来て、その分の労力を他に回すことが出来る訳です。
したがいまして、結果として多くの人員を必要とせずに、しかもパートタイマーでもパンが焼けるシステムとして、多くの企業が導入している訳ですね。
しかし当然のことながら弱点もあります。
それは、形が決まってしまっていますので、具材を変えるくらいしか応用が利かないことですね。
とは言っても、具材を変えるだけでも十分違うアイテムになる訳ですから、作り手としてはとても助かる、そして具材を色々と変えて品揃えが豊富になるという利点も当然ある訳です。
一度使ってしまうと、もう手作りするのがバカバカしくなる・・・本当にそんな気持ちにもなりますよ。
で味の方はどうなのかと言いますと、それは賛否両論あるわけですし、毎回のようにモールでパンを買っているかたも大多数いる訳ですから、十分美味しいのだということになるのでしょうね。
さて、ここまで話が進んで「もう十分便利じゃん」「なんなら冷凍生地だけでパン屋をやることも出来るということならやろうかな・・・」そう思う個人や企業がたくさんいることも事実ですし、このシステムを使わないと現在の労働基準法を守れないという会社の考えもあるわけです。
どこまでもこだわりたい、自家製酵母で国産小麦で・・・というお店も現在はさらに加速してブームですらあるわけですが、その反面、冷凍生地のパン屋さんも相変わらず売り上げを伸ばしているのです。
パンの世界は様々なアプローチを行ってきたわけですが、結果として日本人にとっては、というよりもとりわけ現代社会の食生活にとっては、パンは無くてはならないものになっていることだけは間違いないでしょう。
そして、今でこそ様々な食パン専門店のブームやコッペパン専門店などが賑わっている訳ですが、パン食の需要そのものが常に伸び続けていることだけは間違いないでしょう。
現代人の食生活に占めるパンのウェイトはやはりかなりのものであると言えそうですね。
まだまだある・・・便利なアイテム
セントラル工場でまとめて作って配送し、それを簡単調理で提供できるというシステムは、もうファミレスなどで十分ご存知のことだと思います。
では、パンの世界では冷凍生地、そして成形冷凍生地の他にももっともっと便利なアイテムがあるのをご存知でしたか?
それがホイロ後冷凍生地と言うものなのです。
このホイロ後冷凍というのは、パンを成形して発酵させた後に冷凍してありますので、まさに箱から出して焼くだけという究極のシステムなのです。
お店のパンがなくなりそう・・・と思ったら、すぐに箱から出して焼けば10分後には焼き立てが出せる訳ですから、これまた究極の優れものであることは間違いありません。
発酵させた後の冷凍ですから、かさばることは確かですし、価格もかなり高くなることも確かですが、この生地はパン屋さんと言うよりもカフェとかレストランなどのパン製造設備を持たないお店で大活躍しています。
パン屋さんで買うよりは安く購入できますので、大きな冷凍庫をお持ちのご家庭でしたら、箱ごと購入して毎日焼き立てを食べられるわけですね。
全てのパンでこの技術が使える訳ではないのですが、特に食事パンとかクロワッサンなどは豊富に品ぞろえされています。
たくさんの商品が並んでいる焼き立てパン屋さんですが、冷凍生地やこのホイロ後冷凍生地なども併用して使われているお店も多いのが実情でしょう。
個人のお店では店ごとのこだわりがあり、これらを使われているお店とすべてを手作りするお店とに分かれると思いますが、少なくともチェーン店においては様々な便利アイテムの恩恵を受けていることは間違いありません。
「全てを手作りで・・・」と言うと聞こえが良い気がしますが、実際には生地や具材、フィリングや焼き菓子類などをすべて現場で作ったいたら、そこはもう毎日が戦場みたいなもので、とても務まるものではありません。
私自身も毎日約12時間パン作りをしていますが(私の戦友たちは平均16時間かな??)とてもそんなものでは済まなくなります。
なにごとも臨機応変に活用して、決まった時間内に作り終えるようにしないと、労働基準法どころではなく、本当に寝る時間もなくなるというものなのです。
また、それぞれ専門のメーカーが作っているものですので、品質はかなり良く、もしかしたら自分で作るよりも美味しいのでは???と思えるものもたくさんあり、それらがお店を支えてくれていることも現実なのです。
そして最後に究極中の究極アイテムをご紹介しておきましょう。
焼成品冷凍システムとは・・・
色々と便利なアイテムがあることはお判りいただけたと思いますが、これこそがまさに究極のアイテムとなります。
それが、焼いたパンを急速冷凍保存するシステムなのです。
このシステムには個人的にかなりの年数関わってきましたが、いったい何が究極なのかを説明しておきたいと思います。
まず、かりにこの冷凍パンだけでパン屋を開業したとしましょう。
パンを作るために設備も、技術も、そして工房すらも全く必要ないわけです。
パンを作るスタッフすらもいらないわけで、ただ冷凍庫からパンを出して販売するだけなので、オーナーご夫婦で十分商売になる訳です。
ここで収支の説明はしませんが、初期投資が非常に安くなり、もしかしたら今後はそのようなお店があちらこちらに現れるかもしれません。
「冷凍されたパンをどうやって売るの??」
「そんなものまずくて食えないんじゃない??」
そう思う方も多いと思うのですが、ところがどっこい焼き立てパンよりも美味しいのです。
冷凍だからパサパサなんじゃ・・・なんて心配はまったくなく、焼き立てパンそのもの、いやそれ以上に美味しくなるのが焼成冷凍のパンなのです。
現在最も多く行われている販売方法は、冷凍のまま各ご家庭まで配送され、ご家庭ではそれを自然解凍するか、レンジやオーブンなどで温めて食べるという方法でしょう。
焼き立てパン屋さんでこの焼成冷凍パンを販売する場合には、一度自然解凍(約1時間)してからお店に並べています。
私の経験上ではドーナツ以外のすべてのパンで焼成冷凍は可能で、食パンやハード系パンなどはむしろ冷凍した方が味が良くなります。
もちろんあんぱんやクリームパンなどの菓子パン、そして焼き込み調理パンも冷凍可能です。
冷凍・・・ですから、当然冷凍設備が必要ですし、配送も冷凍になりますのでそのコストはもちろんかかりますが、完全に完成されたパンですから、何ら手を加える必要もなく販売できるわけです。
冷凍庫から出して解凍した時がまさに今オーブンから出した状態だと言えますので、熱いか冷たいかの違いはあれど、恐ろしく風味豊かな状態であることは間違いありません。また、冷凍生地系の生地を冷凍するという技術にはどうしても添加物を使う必要があり、それを躊躇する人もいるわけですが、焼成冷凍の場合は普通にこだわりの製法で手作りしたパンを冷凍するだけですから、原材料や製法に一切のしばりはありません。
ということで色々とご紹介してきましたがいかがでしたか?
恐らくは想像以上にすべてのパン屋さんで使われているであろう冷凍技術。
長年ひたすらに修行を重ねて、莫大な投資金額と過重労働問題を抱えながらやっと実現するベーカリー開業・・・と言うスタイルでなくても、様々な選択肢がこれからの開業を後押ししてくれることは大いに喜ばしいことですよね。
個人がいくらこだわりをもって長時間労働になったとしても、それはやりがいにもつながるでしょうからOKだと思いますが、やはり人を雇用してチームでお店を作るとなると、どうしても今後は労働時間に制限がかかることになります。
まだまだ週休二日を実現しているお店も少ないとは思いますが、今後はそのあたりも考え直していかないと従業員は定着していかないでしょう。
焼き立てパン屋のブームはまだまだ続いていくと思いますし、それによって個人の開業がどんどん増え、より個性的なお店が出現することは誠に嬉しいことですよね。
しかし、なかなかなが~い労働時間だったり少ないお休みについては話題になることはありませんので、あこがれて入社したものの、あまりに長時間の労働や少ないお休み、そしてそれに見合わないお給料に嫌気がさして退職してしまう若者も多いのが実情なのです。
今後も長くこのブームを守り続けていくためにも、冷凍生地や焼成冷凍の積極的導入も大いに検討していくべき時なのかもしれませんね。