こんなにこんがり焼けたトーストの上で私も寝てみたい・・・
と言うほどのパン好きの方、結構いますよね~
パンが焼けたときの香りというのは、長年この仕事をしている私でさえも、そして本当はパンよりもラーメンやうどんやご飯の方が好きな私ですら、この上ない幸せを感じてしまうほどの魅力があります。
し・・・しかし、それが怖いくらいに、時間がたってしまうと風味が飛んでしまうパンがあります。
なんじゃこりゃ・・・!?
まったく味気ない、ワクワクもしない、ただの中身が白くて柔らかい物体で、しいて言えばマーガリンの香りだけはある・・・みたいなガッカリ感を味わったこと、皆さんはありませんか?
こう言っては何ですが、大手のロールパンなどで特にそう感じてしまいます。
これをトーストすると、マーガリンの香りは強くなりますが、もう小麦の香りはしてこない・・・
自分が作ったパンであっても、焼いて時間が経過したものを食べた時、あるいは次の日に食べた時にこのように感じることがしばしばありました。
マーガリンやバターを使っていればまだましですが、ショートニングの時などは何の風味もないと感じることすらありました。
しかし、ただ一つだけ確かなことがありました。
それは、配合としては一番シンプルであるはずのフランスパンを翌日に食べた時、当然表皮はふかふかになってしまっていますし、焼き立てとは大変身してしまっているかのような姿になっていながらも、食べていると何とも旨味が感じ取れるのです。
当然ながらややパサパサはしています。
しかしなぜか後から旨味がアピールしてくる・・・
これってもしかしたら・・・
そんな漠然とした感覚から導き出された答えが、
「あんまり捏ねない方がパンは美味しくなるんじゃないだろうか・・・」
と言うものでした。
それまでの私は、製パン性というものをとにかく重視してパンを作っていました。
ここで言う製パン性というのは、
1 しっとりとしていてキメの細かい生地
2 手にフィットして取り扱いやすい生地
3 力強く膨らんでくる生地
4 ダメージに強いコシのある生地
このような生地を作るためには、十分にミキシングを行い、グルテンの働きを最大限まで引き出す必要があり、自分自身もそう納得しており、またそのように教わっても来たのでした。
しかし、違和感はもうぬぐうことが出来なくなっていました。
そのころから、「どこまで捏ねなくても良いパンが完成するか」に挑戦する日々が始まったのです。
ありとあらゆる生地を、今までよりもミキシングを控えるように心がけて作っていくと、どんどん膨らみが悪くなっていきました。
しかし、確実に旨味が増すということだけは実感できました。
ならば今度は、より捏ねることを控えてみて、その代わりに発酵種を多めに入れることでミキシングを助けてくれるのではないかと考えました。
その考えは見事に的中し、ほぼすべてのパンに、この低温長時間熟成によって作られた、香りの元、そしてしなやかなグルテンの元というものを添加することで、生地そのもののミキシングは大いに控えても、ボリュームのあるパンを作ることが出来たのでした。
それからというもの、冷蔵発酵をただ単に発酵時間を調整するための発酵管理だと考えていたことを大いに反省し、グルテン強化のための種の活用、そして旨味だしとしてのルバンリキッドなどを併用することで、後々まで旨味を感じることが出来るパンづくりを実感したのでした。
パンの旨味はレシピとは関係ない???
今までに、実に多くの方から「なぜこうなってしまうの??」というご相談と共にパンも送っていただきました。
それらのパンのほとんどは、たしかに美味しくなかった。
いや、正直に言えばまずかった・・・
しかし、そのパン達のほとんどは捏ねすぎからくる、疲れ果てたパンなのでした。
そして、レシピのほとんども、なぜかものすごく凝っていて、あれもこれもと配合されているものが多く、この配合でなぜこんなパンになるのか??と言うようなものばかりでした。
要するにです、皆一様にレシピにこだわりすぎて、肝心のパン生地が今どういう状態なのかを感じることが出来ないでいるようなのでした。
パン作りをある程度経験していくと、徐々に原材料へのこだわりが出て、そして酵母を作り始め、様々な製法もチャレンジしたくなるようです。
しかし、基本の基本が出来ていないのに、あれこれとチャレンジすることによって、製パンの一番大切なことがおろそかになってしまったのです。
何度もパンを作っていくうちに、ほとんどの方はニーダーを使うようになります。
すると、恐ろしいことにそのほとんどは高速でぶん回したデレデレの生地になってしまうのです。
高速摩擦によって、風味も小麦らしさもすっかりなくなった、グルテンがつながっただけのゴム団子のようなものです。
慣れたつもりでも、まだまだ生地の状態に合わせた成形なり取り扱いなりが出来ているはずもなく、すると全体的にまるで老人のような体力のない状態でホイロへ向かいます。
いざ焼成となっても、ある程度まではもちろん膨らんではくれますが、最終的に具材をトッピングしたり、クープをしたりする段階で、そのほとんどは潰れてしまって、しかもオーブンでもあまり伸びることが出来ずに、やや膨らんでしまったお好み焼きのような物体になって、頼みの綱のグルテンさえも活躍できずに終わってしまうのです。
それらとは相反して、手捏ねを貫いている人達のパンと言うのは、成形技術はさておき捏ね状態はけして足りていません。
しかし、その後の発酵工程で徐々にグルテンがつながっていき、形は悪いですが味と風味はしっかりとありました。
双方ともに、成形のうまさを求めている、クープの完成度を求めている、潰れてしまう原因を知りたい、空洞が出来る原因が知りたいなどなど、完成度が不満で質問してくるのですが、本当に目を向けなければならないのは、配合にこることや、カッコイイ成形ができることや、美しいクープができることではなく
心から美味しいと感じることが出来るかどうか
なのだと思うのです。
そう感じれるようなパンを、自分の手が感じ取れるようになれたら、その時にはもうクープもうまくなっているはずですし、何がいけなかったのかの分析も出来るようになっているはずです。
パンは原材料選びやレシピで美味しさが決まる食べ物ではありません。
生地の捏ね方・取り扱いによる技術で美味しさが決まるのです。
そしてそれをつかむためには経験するしかないのです。
捏ね方、水の量、生地の温度、発酵時間、発酵環境、製法などを変えるだけでも、全く違うものになるのがパンと言うものなのです。
それだけでもいったい何パターンの作り方があるか解らないくらいたくさんあります。
それらの違いを自分の手で感じ取りながら、それぞれの旨味を確認出来た後に、今度はレシピをいじったり、難しい成形に挑戦したり、作ったことのないパンを作ってみたりすればいいのです。
「ホームベーキングにおける問題点のほとんどは、パン生地の捏ね具合と、その生地に合わせた取り扱いができれば解決する」
この一点につきます。
どんな具材を乗せようと、どんな成形を行おうと、まずは同じ生地を何度も何度も作ることです。
そして、捏ねた感じと完成した時の食感や味わいをしっかりと体で覚えることです。
そして、できればその後は小麦粉だけを変えてみて、生地の感触の違い、そして味や風味の違いを感じてほしいのです。
今回は少しばかり説教じみたような内容になってしまいましたが、これこそがパン作りの奥義習得への道だと信じていただき、自分の手を育てていただきたいと願うものです。