前回、コモのパンに使われているパネトーネ種の力をご紹介しました。
天然酵母であるにもかかわらず、砂糖や油脂がたくさん入った高濃度のパン生地でも、しっかりと膨らませることが出来るだけではなく、植物性乳酸菌が水分の蒸発を抑え、しっとりフワフワとした食感が非常に長続きするという、イタリアの風土が生んだ特殊な酵母菌だということを説明してきました。
そこで今回は、日本においてはパンを日持ちさせるために様々な製法を駆使し、包装技術を駆使し、それでもやっと数週間維持することが難しいというパンのソフト感を、どのようなメカニズムでパネトーネ種だとそれが可能になるのかを見ていきたいと思います。
「水分活性」の不思議
皆様はこの「水分活性」という言葉をご存知でしょうか?
水分活性と言うのは、Aw「Water Activity」のことで、食品中の全水分に占める
「自由水」の割合を表しているのです。
食品のほとんどは「水分」を含んでいますよね。
その水分量というのは食品それぞれによってかなり違う訳ですが、例えば一般的な食パンなどの場合、いくら焼いているとしても、かなりの量の水分が残っていることでしっとりとしている訳です。
それに対して、例えばクッキーにはそもそも水分はあまり入れませんし、ビスケットになるともっと少なくなります。
皆様おなじみのラスクになると、それはそれはパッサパサになるまで水分を飛ばしていますよね。
なるほど!!・・・だからパンよりもクッキーの方が、クッキーよりもラスクの方がながもちするのか~・・・
ということは何となくわかるのですが、実は単純に水分の量だけで日持ちが決まる訳ではないのでした。
食品中の水分の中には、「結合水」というものと「自由水」というものがあります。
「結合水」というのは、食品中の糖質やタンパク質と結合している水分のことで、解りやすく言うと原材料そのものが持っている水分のこと。
「自由水」というのは、食品中を自由に動き回ることが出来る水分のことで、解りやすく言うと配合として入れた吸水のこと。
この両方とも水は水なのですが、カビなどの細菌や腐敗菌が繁殖するには、自由水が必要となるのです。
ということは、この自由水と言うものが少ない食品こそがなかなかカビが生えない食品ということになる訳ですね。
ということで話は戻って水分活性ですが、自由水の量が多いほど水分活性が高いということになり、いわゆる腐敗菌が繁殖しやすくなる訳です。
一般的なパンの水分活性はどれくらいなのかと言いますと、0.93~0.95くらいになります。
ちなみに水の水分活性は1で、1に近い数値の食品ほど微生物が繁殖しやすくなるのです。
ちなみにジャムなどで0.79、ビスケットで0.33、チョコレートで0.32になります。
やはりパンは自由水がとても多い食品なのですね。
ではパネトーネ種で作ったコモのパンはと言いますと、0.8~0.85とかなり低いのです。
ですので、特に包装技術を駆使しなくても数か月カビが生えないという誠にうらやましいパンが完成するのです。
酵母単独で、これだけの力を持っている酵母は恐らく他にはないでしょう。
プラス、包装技術などを駆使することで、カビが生えないどころか、しっとり感すら長持ちする超長期保存が可能となるのです。
いや、あっぱれです!!
植物性乳酸菌の不思議
このパネトーネ種には他の酵母には存在しない植物性の乳酸菌と言うものが共存しています。
この乳酸菌の働きによって乳酸が生まれ、その乳酸が多い生地環境の中ではペーハーが弱酸性になり、カビが繁殖できない環境を作り出しているのです。
通常の乳酸菌では、弱酸性になることはできても酢酸が力を増してしまい、どうしても酸っぱいパンになってしまいます。
さらに、ただ単に酸っぱくなるだけなら良いのですが、発酵力である酵母菌も育ちにくい環境になってしまうのです。
ところがパネトーネ種の乳酸菌は、イーストとそもそも共存して生きていますので、発酵力を奪うようなこともなく、しかも酢酸を増やすことなく弱酸性状態を維持できるという優れモノなのです。
また、一般的な食パンの水分含有量が35~40%位なのに対し、コモのパンは20%前後しかありません。
そしてこのほとんどが恐らく結合水として働いているものと思われ、カビも生えないし水分も逃げないという恐るべき効果を生み出しているのも乳酸菌の作用だと思われます。
ということで、イタリアのパネトーネ種の凄さは十分伝わったことと思いますが、では今後はコモの一人勝ちだな・・・となるかどうかは疑問です。
なぜなら、やはり強烈な個性ある風味ですので、正直すべて基本ベースは同じ味、同じ風味になってしまいますから、飽きる と思います。
が、特にここの所の災害に備えるという意味においては、日持ちがするこのパンは大変好評ですし、しばらくは他の追随を許さないことでしょう。
今回のまとめです。
パンの日持ちにはペーハーを低くすることが重要で、その為には熟成時間が必要となります。 つまり、しっとり感もソフト感もやはり長時間発酵が生み出す産物であり、短時間発酵では素材の旨味を味わうことが出来、長時間発酵ではそこにソフト感やしっとり感もプラス出来、しかも日持ちにも貢献するのですね。
カビの生えにくい、しっとり感が長持ちするパンを作るためには、パンの中の結合水の割合を増やす必要があります。 砂糖や油脂が多くなるとしっとり感が長持ちするようになるのは、その分の結合水割合が増えるからなのですね。
ということで、他方では多加水を推奨している私ですが、多加水のパンであっても、熟成による乳酸菌とか、ルバン種や発酵種などの添加により、自由水が暴れるのを出来る限り抑えることはできますので、今後も大いに多加水でパンを作っていきたいと思いま~す!!