やっぱり手作りパンが好き

ご家庭でのパン作りをとことん応援します。長年のベーカリー経験とパン教室経験にもとづく、超解りやすい解説を心がけています。

パネトーネ種の不思議

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ベーカリー経営をされているとすれば、一番頭を悩ませえるのが パンの廃棄でしょう。

せっかく沢山作ったのに、今日に限ってお客様が少ない・・・

このパンが明日も、あさっても売れたらどれだけ楽か・・・・

と言うより、単純にもったいない (*^_^*)

パンだけに限った事ではありませんが、日持ちのしない食品の廃棄は、それを作る側にとっても買う側にとっても、とても気を使う問題ですよね!

少しでも日持ちのするパンを開発販売したいと言うのが、経営者の望みだと思います。

そこで今回は、現段階で最も日持ちするパンを製造している 株式会社コモのパンを例に、パンが硬くなっていくメカニズムに迫りたいと思います。

コモのパンを皆様は食べた事がありますか?

私がコモのパンを知ったのはもう20年以上前のことですが、その頃はまだ小さな会社で、社長が一生懸命頑張っていたのを憶えています。

私がコモに行き着いたのは、ドンクと言う有名ベーカリーのパネトーネの美味しさにみせられたからです。

とても高価なパンなのですが、なんとも旨い!

独特の風味と食感をもっていて、どのように作っても真似が出来ませんでした。

その後、そのパンを作るには通常のイースト菌では無理だと言う事が解り、わざわざイタリアから空輸していると聞きました。

ドンクは会社が大きすぎて、よそ者には何も教えてはくれません。

そこで、他にもイタリアの酵母を輸入しているという会社を探し、たどりついたのがコモの社長さんでした。

一般的なベーカリーでの日持ちするパンの開発では、いい所一週間程度の日持ちしか実現する事が出来ないでいましたが、イタリアの酵母を使用すると、それだけで30日以上日持ちすると言う事でした。

早速、社長から酵母を少し分けてもらい(本当は駄目なのですが(*^_^*))

チャレンジしたところ、何とびっくり!!

本当に普通のパンがいつまでも柔らかいではありませんか?

あの時は、本当に酵母の神秘にふれた気がしたものです。

 

当時はある方の伝手でコモの工場を見学させていただいたのでした。

種の管理をする方というのは社長以外にたったの一人だけで、その方以外は酵母を保管している場所へ入ることすらできないのです。なぜなら、違う菌がパネトーネ種に混ざってしまう可能性があるからです。 風土が違うというだけで、パネトーネ種は徐々に違うものに変わってしまうため、使い切ったらまた輸入する以外になく、それを他の場所に移したり培養し続けるようなことは出来ないのでした。20年以上経った今でも恐らくそれは変わっていないはずです・・・

 

がしかし、酵母の風味が強すぎて、何を作っても同じ風味のパンになってしまうのです。

どんなことにも一長一短はあるんだな???

そんな感じで、私はその後、このイタリアのパネトーネ種にはまることはなかったのですが・・・

そんなに日持ちするなら、もっと爆発的にヒットしてもいいのにと思うのですが、何故か当時はそんなにヒットしませんでした・・・って大きなお世話か (~_~;)

まだ食べた事が無い人は、是非一度食べてみて下さい。

現在色々な種類が出回っている天然酵母パンなる日持ちするパンの中でも、圧倒的な日持ちの長さと、その美味しさはまぎれもない本物です。

あの独特の風味の正体は ”乳酸菌 ”を主体とした香りなのですが、例えるとカルピスのような甘酸っぱい風味でしょうか?

美味しいのですが、何個か食べていると飽きてしまい、フランスパンで口直ししたくなります。 ・・・って失礼でしょ!! 

スミマセン あくまで個人的な好みの問題で(~_~;)

コモの使うパネトーネ種というのは、まさに奇跡の産物としか言いようが無く、その地域でしか生息できない酵母なのです。

私が当時分けてもらった酵母も、数日のうちには普通の香りの酵母に変化していました。

パネトーネ種は、風土が違う所では長く生息できないのです。

そんな不思議な酵母なのですが、どうしてその酵母でパンを作ると日持ちするのでしょうか?

それは、パンに老化現象が表れて、だんだん硬くなっていき、やがてはカビが生えてしまうと言うプロセスに大いに関係があるのです。

 

柔らかさが続く理由とは・・・

 

パンが硬くなっていくプロセスとは、解り易く言えばパンから水分が飛んでいくと言う事です。

そして、パンが腐って行くプロセスとは、腐敗菌が繁殖してくると言う事です。

大きく分けて、上記の二点がパンが老化するプロセスなのですが、パネトーネ種を使ったパンには、これらの老化現象を非常に遅らせる効果があるのです。

その一つが、パンのペーハー(PH)が低いと言う事なのです。

ペーハーとは、食品が酸性かアルカリ性かを表す単位のことですが、一般的なパンのペーハーは、中性よりもやや弱酸性の5.3位なのですが、パネトーネ種を使用したパンのペーハーは4.5~5の酸性になります。

パーハーとは、1から14までの数値からなっており、1が強酸性で7が中性、14が強アルカリ性となります。

なんとなくご存じだとは思いますが、酸性の食品、つまり酸っぱい食品は日持ちしますよね!

なぜ酸っぱい方が日持ちするかと言いますと、酸っぱい環境では菌が繁殖出来ないからなのです。

と言う事で、パンも出来る限り酸性に近いパンを作る事で日持ちに貢献する事ができるのです。

ですが、一般的にパンをあまり酸性に持っていこうとすると、いわゆる酸性臭が目立ってしまいます。

酸っぱい香りのパンと言えば、小麦由来の天然酵母、あるいはドイツパンを想像する方も多いと思いますが、天然酵母ぱんが普通のパンよりも日持ちの良いパンである事は衆知の通りですね。

しかし、この場合の日持ちがすると言うのは、カビが生えないと言う意味であって、しっとり感が続くと言う事とは意味が違うのです。

そうなのです。

パネトーネ種以外の酵母では、いくら自家製天然酵母でパンを作っても、パンを酸性にする事は出来たとしても、酸っぱくなく、しかもしっとりとしたパンを作る事は出来ないのです。

また酸っぱいパンは日持ちはしたとしても、あまり受け入れれられるものではないと思います。

このように一般の製法では限界がある弱酸性のパン作りを、パネトーネ種を使用する事で、酸っぱさを出さずに弱酸性のパンが作れるのです。

さらに、パンの水分が蒸発することでパンは硬くなり老化して行く訳ですが、パネトーネ種を使用すると、豊富な乳酸菌や酢酸などによって、水分が逃げない環境を作り出す事が出来るのです。

 

特に注目すべきはその乳酸菌の違いでもあるのですが、一般的な乳酸菌というのは動物のお乳由来の発酵乳乳酸菌なのに対して、このパネトーネ種の中には植物性乳酸菌という非常に珍しい乳酸菌が酵母と共存しています。通常酵母と乳酸菌と言うのは別物なのですが、パネトーネ種の植物性乳酸菌というのは小麦粉に含まれる麦芽糖を食べて繁殖し酵母と共存しているので、パネトーネ種というのは非常に珍しい複合酵母と呼ばれているのです。

 

細菌が繁殖しにくい環境の中で、水分保持が良いとなると、硬くならずにカビも生えないと言う事につながる訳ですね!

もちろんパネトーネ種を使用したからと言って、短時間でこのような日持ちするパンが出来る訳ではありません。

長時間発酵させることで、はじめて弱酸性のパンになるのです。

日本における天然酵母は、何から培養しても最終的には同じ菌になると別のカテゴリで紹介しました。

しかし、このパネトーネ種は日本の菌とは全く違う菌なのです。

日本の自然界にある天然酵母菌は、砂糖や油脂などの副材料を多く含むパンをふんわりと膨らませるほどの力がありません。

ですからどうしても天然酵母のパンはどっしりと硬いパンが多くなるのです。

残念ながら、日本の風土では、このパネトーネ種ほどしっとりと柔らかい状態を維持させる酵母は出来ないと思います。

発酵力だけを見れば、白神天然酵母は通常のイーストよりも発酵力が強いと言えますが、残念ながら水分保持やフレーバーと言う意味ではイーストと変わりません。

 

ということで、このパネトーネ種でパンを作ることで、なかなかパンの中の水分が飛ばない、そして酸っぱくならずに弱酸性のパンができるということなのですが、そうだとするとなぜ、カビの繁殖が抑えられるのでしょうか?

次回そのあたりを説明していきましょう。