やっぱり手作りパンが好き

ご家庭でのパン作りをとことん応援します。長年のベーカリー経験とパン教室経験にもとづく、超解りやすい解説を心がけています。

天然酵母って安全なの??

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ライ麦100%パン

 

 

今になって改めて世間を見渡してみますと、天然酵母パンの店・・・というのが一時より減ってきたと思いませんか?

というよりも、店舗や看板などに大々的に 天然酵母 とうたうのではなく、店内に入ると天然酵母のパンがアイテムの一つとして売られているというのが今どきなのだとも言えるでしょう。

また逆に、焼き立てパン屋さんではく、スーパーやコンビニなど至る所に天然酵母と書かれた袋入りのパンが売られています。

しかも、かなり日持ちするらしい・・・

天然酵母のパンというのは、どうやら、ふんわりしていて、しかも長持ちするパンの事????

だと思っている方も今では多いかもしれませんよね。

それ位、確かにふんわりとしたパンが、おおよそパン屋とは関係がなさそうな場所で売られていたりします。

ドラッグストアーや家具屋や100円均一、更には道の駅や産直所や病院の売店、そして自動販売機などでも売られていますから、パンという食べ物がいかに皆様に好かれているかが解ります。

天然酵母に関しては、皆様からの質問や、実際に家庭あるいは職場において自家製酵母を使っているという方からの相談に答えてきてはおりましたが、その時点では天然酵母という一つの個性的な発酵手法として、その酵母の特性などを聞かせていただいた上で、それが製パンにどう影響を与え、どのように完成品に貢献しているのかを見定めようと努めてきました。

しかしながら、つい最近パン関係者ではない方々数名と、たまたま天然酵母についての話で盛り上がり、いかに消費者が抱く天然酵母というもののイメージが、実際にそれを使ってパンを作っている我々とは、大きくかけ離れてしまっているか・・・ということに気付かされたのでした。

これはやはり、添加物や化学合成品は身体に良くない、より自然に近い食べものを選ばなくてはならない、なのでパンはイーストよりも天然酵母のパンを選ぶべきだ・・・という考え方に結びついてしまう方が、どんどん増えてきてしまっているという事なのかもしれません。

テレビでも、人気のあるお店を紹介する番組がとても増えました。

人気店・行列のできるお店・並んでも食べたい路地裏の人気店・隠れた名店・・・などなど、特集も良く見かけるようになりましたし、それこそ人気のコーナーであったりしますよね。

そんな中でも、パン屋さんの特集はとても人気があります。

業界人としてはとてもうれしい事です・・・が、美人女子アナや美人レポーターが安易に口にするセリフには、ややヒヤヒヤしながら聞いている自分がいます。

その代表的なセリフというのは、「天然酵母だから安全なんですよね~」 とか、「天然酵母で作られているので、子供でも安心して食べる事が出来るんです」・・・みたいなセリフで、それがバンバン飛び出すわけです。

それを聞いていて、勘違いをされる視聴者が多いだろうな~と感じてしまうのです。

どうして、天然酵母だと安心で安全なのだろう。

天然酵母ではないパンというのは大手のパンの事で、大手のパンは保存料がいっぱいで危険、なので焼き立てパン屋さんでしかパンは買わない。

焼き立てパン屋というのは、そのほとんどが天然酵母だと考えている方も実際には多いかもしれません。

確かにこの話はややこしいかもしれません。

業界人ですら、きちんと説明できない人が多い。

だからこそ、取材の際にアナウンサーに対して、そのようなまぎらわしい返答をしてしまうのだと思うのです。

ということで、今回は意外と知っているようで、実はきちんとは理解できていないかもしれない、 天然酵母パンっていったい何??  ということについて、少し整理して行きたいと思います。

まずは少し細分化して考えたい為に、天然酵母というものと、天然酵母パンというものを分けて考えてみましょう。

 

そもそも天然酵母って何のこと??

 

それではまず、天然酵母というのはいったい何者なのかということですが、それはほとんどの方 (とは言えあくまで業界関係者の事ですが) がご存知のように、市販されているイースト菌以外の酵母のことであり、その天然酵母というものは、

 

  • 粉末で販売されているものを培養して種継ぎして使用するもの
  • そのままインスタントイーストのように直接パンに使用出来るもの
  • 数日かけて種起こしをしたものを使用するもの
  • 自家製で野菜や果物などから自家培養させたもの

 

などが存在しているのが実情でしょう。

という事は、日本におけるパン製造現場の、そのほとんどが使用しているであろうイーストは合成品、あるいは人工品であって、それ以外を天然と呼ぶのだということになりますが、果たして本当にそうでしょうか??

まずはこちらの記事をご覧ください。

 

「日本イースト工業会として「天然酵母」の定義は行っておりません。 パン酵母は、カビ、酵母、細菌などの種々の微生物が生息している自然界から、最も製パンに適したものを選別して培養したものです。 酵母は英語でイースト(Yeast)です。 イースト=酵母です。 生き物である酵母に「天然」や「人工」という区別はありません。 天然酵母使用と印刷物に記載されているパンが見受けられますが、イーストに天然と人工の区別はありませんので、ことさら天然酵母を強調する言葉を使うことは不適切であると考えております。 天然酵母種(メーカー名を付記して、○○○天然酵母種と言っているケースもありますが)と称しているものは、野菜や果実、穀物などに付着している多種多様な酵母やカビ、細菌をそのまま利用して発酵させたもので、本来は、素材由来の名前を取りレーズン発酵種、果実発酵種などとしたほうが良いと思われます。天然酵母」の対極にあるのがイースト(天然マダイと養殖マダイの関係)というのではなく、同じ天然物(イースト=酵母)と考えます。」

 

以上が天然酵母に関する日本イースト工業会という、主にイーストを製造している6社が参加している工業会の見解というもので、平成15年に発表されました。

随分前の見解ですが、それ以降も天然酵母という名前は、相も変わらず独り歩きしているのが実情のようです。

しかし、上記に書かれているように、酵母というものには、天然あるいは人工という区別は本来は使いません。

イーストは機械で作られていて、人工的に培養されたものであるというような記述を良く見かけますが、それならお店で自家製で作る酵母であっても、機械を使って発酵熟成させる所も多いでしょうし、それを人が行っているのですから人工培養ということになりますよね。

つまり、そもそも天然酵母という呼び名は、ある人はイーストと呼び、ある人は天然酵母と呼び、ある人は自家製酵母と呼び、ある人は果実種と呼び・・・

というように、いわゆる呼び方はまちまちでも、その正体そのものはほぼ同じ酵母なのです。

もっと言うなら、ルバンとか発酵種とか液種とか、これも呼び方に決まりがある様で無いのが各種の種というもので、広義で考えれば、発酵熟成を促進させて、パンを膨らまそうとするその目的においては、同じとも言えるのです。

まさに現代は、そんな独り歩きしていると思わざるを得ない天然酵母という言葉が、町中に氾濫している事は確かなようです。

また、紛らわしい表現の中には自家製という言葉がありますが、自家製天然酵母となると、これはもう完全にそのお店にだけ代々伝わる、例えば秘伝の焼鳥のたれのようなイメージを持ってしまいがちですよね。

しかし実際には、購入した果物や小麦などを発酵熟成させて作られている人が大半だと思いますので、正確には自家製造、自家培養した酵母であり、その原料は別に自家製ではない事が多いと思うのです。

どこからどこまでを自分で行えば完全なる自家製と言えるのか・・・

となると、またまたややこしくなりますよね。

とにかく素材にこだわって、本当にご自分が育てた果物から、ご自分が数日かけて培養され、その後何年も継ぎ足しを行いながらパンを作っている人も確かにいます。

しかしそれは本当に一部の人であって、ほとんどの方、あるいは企業などでは、一般的に良く知られているホシノ天然酵母、あるいは白神酵母を初めとした、いわゆる酵母を購入されて使われているというのが実情ではないでしょうか。

すると、味や風味、熟成の旨味などといったような味覚的な要素を省いて考えると、パンを膨らませる為の酵母を業者から購入して使用しているということになります。

それを、その後に自分なりにアレンジする人もいれば、ほとんどはそのままお使いになっていると思いますが、購入した酵母でパンを焼いている、そしてそれは酵母がもつパンを発酵させるという役割においては、イーストと何ら変わりのない天然由来の酵母なのであり、違いがあるとすれば、原料や製法が違うのだということになるのではないでしょうか。

つまり、世界各国の海域のどこで生まれ育とうとも、マグロはマグロであり、イワシイワシなのだということなのです。

ただし、海域によっては肉が締まって旨味が増したり、栄養分豊富な海域で育ったマグロは、他のマグロよりも美味しいという事は当然ある訳で、酵母も育て方や育つ環境などによって、発酵力や風味などが違ってくるのは言うまでもありませんね。

ではいったいどうして、天然酵母は安心で安全だということになってしまうのでしょうか?

本来の酵母というパンを膨らます為の菌、そして旨味や香りを導き出す菌という観点から考えると、一般的な自家製酵母と呼ばれている果実や麦などから自分で培養した菌には、どうしても雑菌が繁殖してしまいます。

その雑菌は、いわゆる人を危険におとしめるような悪い菌ばかりではないかもしれませんが、その実態は作る人の味覚あるいは嗅覚や視覚で判断するという程度のものであり、どのような菌がどれくらいいるのかということは知る由もありません。

これまでにも何度も説明してきているので、ここでは特に触れませんが、最後には焼成されてしまう事で、多少の雑菌は死滅してしまう為に、特に食中毒などの被害がでないのがパンの特徴でもあるのです。

だからこそ、特に経験があるなしに関わらず、皆自由に酵母というものを様々な食品から培養し、それを使ってパンを焼く事に、何ら資格がいるでもなく、検査を受ける必要もないとされてきているのです。

しかしです、実際には身体に良い菌ばかりが育つ訳ではありません。

自家製培養の酵母作りでは、良い菌が悪い菌をやっつけてくれるので、特に変な香りがしたり、おかしな味になることがなければ、概ね成功であるとされてきました。

そして実際にパンは膨らみます。

ただ、それがそのまま安心・安全ということにつながるかと言えば、むしろイーストの方が雑菌が無い分安全だと言えます。

”いやいやそうではないよ” ”イーストというのは化学的に培養されたもので、化学物質が含まれているから危険なんだよ”  というような記述もよくみかけますが、果たして本当にイーストは危険なのでしょうか?

以下、パン技術研究所の酵母に関する見解を抜粋しましたので、改めて確認しましょう。

 

広辞苑によれば、「酵母とは、アルコール発酵を営む菌類の一群で、円形もしくは楕円形の微細な単細胞であり、出芽によって繁殖するものの総称。 子嚢菌のサッカロミセスが主体で、ほかに担子菌類・不完全菌類に属するものがある。 酒の醸造やパン製造に欠かせない。」とされています。 酵母は英語ではYeast(イースト)であり、イーストとは酵母の英語名になります。 先に記したようにSaccharomyces cerevisiae 種の中でも製パンに適した酵母をパン酵母と言い、今日のパン業界では、製パン適性が高いパン酵母を自然界から分離し、純粋培養して高品質のパンを合理的に製造する方法が一般化しています。 このパン酵母をパン業界では何故か酵母を意味する英語名であるイーストと呼ぶ事が一般化しており、パン酵母を使用したパン製品の原材料表示には通常“イースト”と記載されています。 このようにイーストはもともと自然界に存在した酵母の中から製パンに適している優良菌株を選抜したパン酵母です。 また、優良菌株を選抜するために人為的に酵母菌株の掛け合わせによる改良を行う場合もありますが、掛け合わせは自然界でも普遍的に起きている現象であり、人為的な掛け合わせの有無によって酵母を区別する事は出来ません。 イーストは、栄養源として糖蜜を使い、培養タンクの中で酵母のみを効率良く増殖させるように純粋培養されますが、この時、酵母が必要とする窒素やリンが培地に補われます。 このために、あたかもイーストには窒素やリン等が多く混合されており、イーストを使用したパンは健康上好ましくない事を暗示するような解説がインターネットのホームページなどに認められます。 しかし、窒素やリン等の栄養源は培養工程中に酵母に吸収され、酵母の細胞を形成する有機質に変化します。 更に、酵母に吸収されなかった窒素やリン等は増殖が終わった段階で、洗浄除去されます。 したがって、このようにイーストを危険視する解説は極めて不適切であると考えられます。

 

という事ですが、皆さんはどうとらえますでしょうか?

菌としてはイーストは雑菌が存在しない分安心である事は確かでしょう。

そして、イーストを使って独自に熟成を繰り返すことでも、自家製の培養酵母は完成します。

イーストを使用してストレート法でパンを焼く人はたくさんいると思いますが、微量のイーストを使って、それを数日かけて培養して液種としての自家製培養酵母としている人も少なからずいます。

また逆に、世に出回っている天然酵母天然酵母種と呼ばれている酵母に、イーストを併用して菌を安定させて使用している人もたくさんいるはずです。

要するに、定義があいまいである為に、皆それぞれの解釈で色々な酵母を使用し、時には単品で、時にはブレンドして、それでも何か酵母そのものに対して手を加えれば、自家製酵母、あるいは天然酵母であるとうたっている人が多いというのが実態なのではないでしょうか?

そして、こと酵母に関してのみ言えば、イコール安心とか安全というような定義は非常に難しいと言わざるを得ません。

イースト以外の酵母を使用する方の中に、健康面に留意して、その他の原材料も出来る限りオーガニックで作りたいという方が多い事は事実でしょう。

もちろんオーガニックの原材料で、酵母イーストであるという人も多いでしょう。

ですので、安心とか安全という考え方は、どのような酵母を使っているかということよりも、その他の原材料に由来している事の方が一般的だと思うのです。

そう考えますと、とりあえずは天然酵母と一般的に呼ばれている、いわゆるイースト以外の酵母にのみ、健康的なイメージを持つのはいささか無理があるのではないかという結論が出ると思うのですが、いかがでしょうか。

また、実は今回天然酵母に関して記事を書こうと考えたのには、別な理由もあります。

それは、天然酵母からしっとりが長持ちというような記述のパンが多く出回っているという事実です。

パンがいつまでも柔らかい、そしていつまでもしっとりとしている・・・のだとしたら、それは一般的なパン屋さんが使っている天然酵母だからではありません。 その事だけは次回、しっかりと検証して行きたいと思います。